内閣委員会
平成19年2月21日
○ 河本委員長 次に、市村浩一郎君。
○ 市村委員 民主党の市村でございます。
これから一時間十五分をいただきまして、質問をさせていただきます。議論をさせていただきます。
まず最初の一時間は、昨日も同意人事がありましたけれども、公益認定等委員会について実のある議論を闘わせたいと思うんです。
しかし、その公益認定等委員会の同意人事以前の問題として、やはりこの国をどうしていくかという観点からこの問題は議論しなくちゃいけないということで、私は、この内閣委員会でも再三にわたりましてNPOのことについて議論させていただいたわけでありますが、本日もまた、そういった根本的な問題から今回の公益認定等委員会について一遍考える機会になればというふうに思っております。
それで、これからの国を考えていこうという議論でありますから、私は楽しい議論をしたい。私は一切、追及型の議論はしませんので、一緒に考えていこうという議論でありますので、ぜひとも官房長官、また渡辺大臣もよろしくお願いします。
また、後ほどちょっと国家公安委員長にもお出ましいただきますが、一時間後ぐらいでございますので、またよろしくお願いします。
それで、まず、私が何を主張しているかといいますと、一言で申し上げると、いつもこのフリップを使わせていただいていますが、民が公を担うセクターをどうつくっていくかということが非常に重要だということ、こういう社会を目指すべきではないかというのが私のビジョンであります。
今までは官が公を税金で担ってきたというところが主だったわけですけれども、そうじゃなくて、民も公を担う時代が必要だ。しかも、そのために、かけ声だけじゃなくて、きちっと制度を整備すべきだろうということが必要だ。制度でいえば例えば法律とかが必要だろうということで、ずっと主張をしてきまして、このフリップ、座標軸も十年以上使っておるわけでございますけれども、なかなかこのところがあれですけれども、皆さんとこうやって議論をしていきながらも、少しずつでございますけれども皆さんにも御理解をいただいているというところであります。
それで、官房長官、官房長官はたしかアメリカのハーバード大学を出られていると思いますが、ハーバード大学がNPOだという認識というのはお持ちでいらっしゃいますか。
○ 塩崎国務大臣 不勉強で、どういう組織であるのかという法的なステータスについては存じ上げておりません。日本でいえば学校法人なんでしょうが、それも公益法人の一つであるのは日本のあり方でありますけれども、ちょっと不勉強で、ハーバードがどうなっているのかよくわかりません。
○ 市村委員 実はハーバード大学は、アメリカの、法的ステータスで言えばノンプロフィットオーガナイゼーションです。NPOです、まさに。しかも、官房長官が行かれたケネディ・スクールは、まさに寄附で、先ほどちょっとメモをもらいましたけれども、一九三六年に開設されています。多額の寄附でいわゆるスクールが開設されているわけです。
すなわち、そういうふうな形で、アメリカというのは非常に、NPOが社会の基盤となっているような社会構造、システムを持っています。今、くしくも官房長官も、学校法人、これも公益法人とおっしゃいましたが、まさに公益法人そのものがいわゆるノンプロフィットオーガナイゼーション、NPOなわけですね。
そういう認識が、この国はどうもまだないんです。つまり、NPOはNPOであって、NGOはNGOであって、公益法人が別物としてあって、学校法人がまた別物としてある。さらに言えば、政党も別物だし、宗教法人も別物ということで、何かばらばらに存在するかのような認識なんですが、そうじゃなくて、やはりNPOというのは、まさに今、公益法人改革の議論もされておるところでございますけれども、公益法人も含んだ概念であるということが非常にここは重要なところだと私は思っているんですね。
そこで、渡辺大臣に、まさに規制緩和担当大臣なんですが、私、このNPOというのはまさに公の規制緩和だと思っているんです。公を民間も担う時代をつくっていくための、今まで官が公を握っていた時代から、民も公をやるんだという時代だと思うんですね。そう思って、この間の大臣の所信表明を聞いておりますと、「立ちはだかる岩盤は依然として強固なものがあります」ということを述べていらっしゃいますが、この思いについて、もう少し具体的に渡辺大臣の御所見をいただきたいと思います。
○ 渡辺国務大臣 これは安倍総理がよく使われる表現なのでありますが、この国の成功体験を生み出してきた戦後レジーム、これがどうもやはり岩盤になっているような気がするんですね、歴史的にはもうちょっと古くから形成されてきたのかもしれませんけれども。いずれにしても、各省ごとの縦割り、タコつぼ型システムというのは厳然として残っておりますし、年功序列というものもございまして、そういった、表の制度というよりは、言ってみれば車を走らせる内燃機関のようなところが岩盤のように変わってきていないのではないか、そういう思いでございます。
○ 市村委員 なぜ今そういう状況になっているかということの一つの説明として、特に戦後、高度経済成長期にやはり税収が伸びたんです。それは、私たち国民もある種問題を抱えていると思いますが、結局、住民、国民が、当時は公害問題とかいろいろあって、行政に対して、何かしろ、何かしろ、こういうメッセージを送り続けたと思います。特に公害問題とか、とても個人の力でどうにもできる問題じゃないということで、もちろん、そういうものは行政がやるべきことだったと思いますが、そういったことで、何でもかんでも行政に言えば何か物事が進むかのような幻想にこの国は陥ってしまったというふうに私は思っているんですね。どうもそれが、そのまま習い性になって、慣性になって現在にも続いてしまう。だから、何か税金でやればいいんだ、そのために税金を払っているんじゃないかということ。
もちろん、税金としてやるべきことはあります。私は、教育とか医療とか、そうしたものは当然税金で賄われるべきだと思っているところなんですが、しかしながら、税収が伸びているから何でもかんでも、ある意味では行政の方としても、税収が伸びているし、住民とかのそういったいろいろな声に対して対応できる時代もあったと思います。
ただ、そういう時代は実はもう二十年も前に終わっているわけでありまして、しかし、そのシステムを改善できないまま、改革できないまま今日に至ったことに大きな問題があると私は思っているんです。ですから、単に税金だけで公が担われる時代は一時的にはあったかもしれないけれども、実は、長い歴史を見ると、そういう時代というのは本当にごく一部であって、ほとんどの時代は、自分たちのことは自分たちでやってきたし、みんなのことはみんなでやってきた時代の方がよっぽど、はるかに長いわけであります。
つまり、そういう仕組み、当たり前のことが当たり前になっていく社会の仕組みというものをやはりもう一度考え直さなくちゃいけない。そうしないと、幾ら今、例えば規制緩和とか行政改革をやっても、結局、どこかでそれを担わなくちゃいけないサービスというのがあるわけですね。
しかし、もうこれを行政には任せられない、税金もないぞ、少ないぞということになってくると、やはり自分たちのことは自分たちでする、みんなのことはみんなでするという当たり前の仕組みにもう一度思いをいたして、じゃ、そういうものをどうやってサポートしていくかという仕組みづくりを考えなくちゃいけない時代だと私は思っているんです。そのために、やはりNPOとかNGO、言葉は何でもいいんです、要するに、民で公を担う存在というものをもっときちっと日本でつくっていく仕組みづくりをしなくちゃいけないということを私は思っているわけですね。
その中で、いろいろありまして、昨年の公益法人改革というものがあったわけであります。このときに、民法三十四条というのがありましたが、これは削除されています。民法三十四条というのは何かといいますと、いつも申し上げているんですが、今現在もありますから、民法三十四条は。この日本という国で法人格をとって公益活動をやりたいならば、いわゆる主務官庁という名のお上の許可を得なさい、こう書いてあるわけですね。許可というのは、もう御存じだと思いますが、原則禁止なわけです。つまり、民法三十四条を厳密に読むと、この国において民間が公益活動をやるというのは、これはだめだと書いてあったわけですね。ただしかし、主務官庁という名のお上がいいと言ったらいいんだよということで、この国の公益法人の仕組みがなっていたのです。
だから、なぜ公益法人が天下り先になったか。もし私がちょっと気がきく官僚だったら、これはいいなと思いますよ。なぜならば、自分たちがいいと言ったらいいんですから。自分たちがいいと言ったらつくれるんです。ほかは規制していますから。まさに規制しているわけです。一般国民にはそんな公益法人なんかつくらせちゃいけない、我々がいいと言ったらいいんだという仕組みだったわけですから、これはどんどんつくっていくわけですよ。
今はさすがにありませんけれども、今、予算案の審議をしていますけれども、昔は予算案の一括審議、一括採決ですから、法律の中に、ちょっと一文に、こういう財団法人、何々をつくる、こう入れているわけです。だから、私たちが知らないうちに、国民が知らないうちに、また代議士が、国会議員が知らないうちに、いつこんなのできたの、いや、先生方に認めていただいています、あのとき予算案の中に入っていました、こういう形でどんどん財団法人ができた時代もあったんです。さすがに今はないと私は信じていますが。
そういうことで、どんどん財団法人をつくっていった時代はあるんですね、一括審議、一括採決の中に入れ込んで。そして、いつの間にか、退職した後そこに行って、そしてそこに予算がつくという仕組みをつくっていったわけです。その根拠法が民法三十四条だったわけですね。
ある意味でいえば、この間の政府も、私はこれは大変評価しています。今はもうやめた、削除したんです。実態も大分変わっていましたから、削除したのは実態と合わせたということもありますけれども、それはそれで大変評価をしています。ところが、じゃ、やった、いわゆる国家公益独占主義をなしていた根拠法である民法三十四条がこれで終わって、さあ民間に、民に公が担えるそういう社会づくりが始まったか。そうなれば非常にハッピーエンドで、私もここで一々また議論を続ける必要はないわけでありまして、それでオーケー。ところが、ここにまたいろいろ問題があるわけであります。
何が問題だったか。それは、じゃ、そういった時代をつくるためにどういうことが必要なのか。民が公を担う、それはそれでいいね、それはすばらしいことだ。しかし、これはもうおわかりかと思いますが、NPOがNPOで成り立つ社会というのはないわけですね。
例えば、先ほど冒頭に私は官房長官にお聞きしました。ハーバード大学は別にNPOという意識がなくてもハーバード大学なんですね。百万を超えるようなNPOがアメリカにあるわけです。税制優遇を受けた、いわゆる寄附税制を持っているようなNPOが百万を超えるんです。いろいろな団体があるわけです。すなわち、NPOということで成り立っているわけじゃないのです。例えばハーバード大学とか何々大学とか、またはいろいろな研究所とかシンクタンクとか、そうした具体名においてみんな勝負をしているわけですね。具体名において勝負しながら、しかも、先ほど冒頭に申し上げましたように、例えばケネディ・スクールも寄附によって成り立っているわけですね。
すなわち、何か事を起こそうとする、何か事業を起こそうとすると、当然お金が要るわけです。金融が要るわけです、ファイナンスが要るわけです。では、これをどうするかというのが重要な問題なんですね。つまり、お金がないのに、だって行政は税金というすばらしいファイナンスの手段を持っているわけですね。今、税制改正の議論を国会でしていますけれども、すばらしいファイナンスの手段を持っているわけです。法律を変えれば出てくるわけですね。それは、税制は国会が決めることですから、まさに我々国会議員が決めていることなんですけれども。
では、NPOはどうやって金を持ってくるの、どうやってファイナンスするの。つまり、この重要な議論がないままに話が、物事が進もうとしているのが、今の現状なわけです。それで公益法人改革なわけですね。
公益法人改革、私は大変重要だと思います。しかし、今私が申し上げてきたような流れで公益法人改革が行われているならば私も黙っていればいいんですけれども、実は今回の公益法人改革というのはそうじゃないんですね。流れが違うんです。流れが違うからだめだと言っているわけじゃないです。いいんです。すなわち、先ほど申し上げたように、どうも公益法人、おかしくなっているぞ、これを何とかしなくちゃいけない、これは大変重要なことでありまして、まさに行政改革ということで、これの一環で行うということでやってきたんです。
でも、これはあえてきょうお聞きしようと思ったんですけれども、もう私の方から申し上げますが、公益法人というのは、先ほど申し上げたように、民法三十四条法人なんです。民法法人ということは何かというと、公益法人というのはそもそも民の機関なんです。それをなぜ行政改革で行うかというのは、不思議に思われませんでしょうか、大臣。ちょっと一言だけ、官房長官と渡辺大臣。つまり、民の組織であるはずの公益法人改革を行政改革で行うと言っているんですね。僕は大変おかしいと思っているんですが、一言ずつ御見解をお聞かせください。
〔委員長退席、後藤田委員長代理着席〕
○ 塩崎国務大臣 極めて本質的な問題で、明治二十九年から民法三十四条というのはできて、財団、社団については、お上が公益であると言ったものだけが公益であるということになっていました。
しかしながら、今御指摘のように、公益法人というのはやはり民なんですね、おっしゃるとおりであります。一方で、行政の裁量でもって公益というものが何だということを定義してきた。その裁量性に関して、この官の許可権限というものをやめようじゃないかということをやろうと。
NPOというのはノンプロフィットオーガニゼーションですから、営利企業でないものは全部入っちゃうという意味において、今おっしゃったように、学校とかなんとかも全部入っちゃうわけでありますけれども、今申し上げたように、官がこの公益というものを定義してきたという意味において、官の方を直さないといけない、そういう意味において行政改革なんだということだろうと私は思っています。
やはり、民が公を担うということは極めて大事で、私も、実は自民党の中で長らくNGO小委員長というのをやってまいりまして、外務省に、これは税制が肝ですから税制改正要望を担げというので、外務省では担いだことのないこの税制改正要望を担いで、今の先生のような問題意識を一緒に持ってもらってやったことがございますが、今言ったように、官がやはりその裁量性を手放すという意味において行政改革なんだろうと思います。
○ 渡辺国務大臣 今、官房長官がおっしゃられたように、許可をそれぞれの主務官庁が行って公益というものを決めていたんですね。許可というのは、私の理解だと、それまで禁止されているものを解禁してやるぞ、こういうことでございます。したがって、各省割拠主義でやるわけでありますから、各省ごとに公益の基準が違ってきているわけですね。それはちょっと今の時代にふさわしくないんだろうということで、この前の改正でもって各省の許可主義を廃止し、民間有識者による委員会、後ほど御議論になると思いますが、この公益認定の委員会は主務官庁から切り離したわけでございます。
したがって、これはやはり行政改革と言えるのではないかと思います。
○ 市村委員 委員会のことは後ほど。まず、そこまでいくまでに重要なことがありますので、議論させていただきたいのです。
すなわち、今おっしゃったように、行革だということもそのとおり、いや、そのとおりというか、それでも言わざるを得ないような状況になっていたということなんですね。つまり、民のものが行政の一部に組み込まれたということにほかならないわけです。だから、これをしっかりしていこうと。
この流れを私は全然否定するものではありません。これはこれでしっかりとやっていかなくちゃいけない。例えば、下世話な言葉で言えば天下り防止、天下りをどう考えていくかという大変重要な問題にもつながる問題でありますから、これについてしっかりとこの公益法人を見直していくというのは当たり前であるし、これはこれでやっていただいていいんです。いや、やるべきなんです。
ところが、この問題、その観点からの公益法人改革と、今冒頭から私がぜひともいい議論をしたいといって申し上げているような民の公をつくるということとの関連、ここが実は非常にあいまいなんです。関連がないというんならそれはそれで、公益法人改革としてやるんであって、しかし、こういった大きな国の流れをつくっていく議論はまた別にある、こうなら、私は別にこの公益認定等委員会に強くこだわる必要はないと思っていますが、どうも法律のつくり方とかを見ていると、そうでもないんですね。
やはり、民の公をどうするかというところでかかわらせながらこの公益法人改革をやろうということなので、この辺が非常にわかりにくくなって、かつ、これはきちっと議論しておかないと、今大臣は、これで規制緩和とか行政改革が進むんだというふうにもし認識をされているとすると、後になって、いや、まさかこうなるとは思わなかったなというふうになるようなことも危惧されるということもありますので、実はきょう議論をさせていただいておるんです。
では、具体的に何が問題なのかな、こうなってくるわけですね。後から委員会のことは議論しますが、委員会のことについて言っても、例えば公益を認定するといっても、ではこの公益とは何かということも実はまだちゃんと議論していないんですね。議論していない。こうしたことも実は積み残しているんです。
大切なのは、この委員会がどうのこうのという前に、もっと非営利法人そのものについて、すなわち、公益法人を含む非営利法人そのものについてこの国が一体どうしていくのかという、そうした議論がやはりまず先行してなければならないと私は思っているんです。民の公ですね。どうもそこが抜け落ちているんですね。
私も、実は去年の行革委員会の場に出させていただいて、ちょっときょう高市大臣は帰られたんですが、せっかくこうやって公益法人のことを見直すんであれば、しかも、最後は政府の案は一般財団、一般社団法人法とかになりましたけれども、そもそも何を議論したかというと、政府の出していたペーパーでも、一般的非営利法人制度をつくるんだという観点でこの議論を進めておられたと思います。
そのとき、私は大変いいことだというふうにこの場でも申し上げておったんです。一般的非営利法人制度をつくる議論、ぜひとも進めていただきたい、もうこんなものは与党だ野党だ政府だとかやっておる場合じゃなくて、とにかく重要な社会システムですから、だれがやってもいいから早くやりましょうということで申し上げたんです。ただ、私は、一般的ということにあえてつけ加えるなら包括的と。例えば学校法人とか特定非営利活動法人とか、または、いわゆる共益法人というカテゴリーに入っていくだろう同窓会とか、例えば労働組合もそうなんですが、いわゆる会員型の組織も含めて、全部ひっくるめた、まさにそれこそが政府が当時おっしゃっていた一般的な非営利法人制度だ、私はこう思っていたんですね。
ところが、そういうのが全部どこかに、一部、やはりこれはちょっと外そう、こっちは外そうといって、結局残ったのは、民法三十四条法人と中間法人だけを対象にした制度づくりになったわけです。私、そもそも何でそうなったのかということに大変疑問を持っているわけですね。
当時はお二方とも大臣ではなかったわけですけれども、今いかがでしょうか。官房長官、私が今申し上げたことについて官房長官としてどうお考えになるか。また、渡辺大臣もちょっとお言葉をいただければと思います。
〔後藤田委員長代理退席、委員長着席〕
○ 塩崎国務大臣 恐らく、市村先生と私はほとんど同じような考えを持っているんだろうと思います。
そもそもこの議論は、もちろん行革ということで政府でもやっていましたが、むしろ自民党の中で先行してやっておりました。私も、その中でほとんど、必ず出て議論をしてきたわけであります。
当初は、おっしゃるように、営利法人、非営利法人というふうにまず分ける。営利は当然会社とかですね。それから中間法人というのは、前にもう法律ができていましたが、それは課税をするということですけれども、その中に場合によっては非営利法人もあるということで今回対象にしたわけでありますが、我々の当初の発想は先生と同じで、いわばシビルソサエティーといいますが、市民社会をどうやって日本につくっていくのかという発想でありました。
しかし、よくよく考えてみると、明治二十九年から営々と官が公をすべて定義するという奇怪なことをやってきたということから、すべてをやはり見直すべきじゃないかということで我々は議論を始めました。
ところが、ちょっとこの議論の前に、NPO法人、特定非営利活動法人というのが、これは与野党一緒になって、議連もつくって、それで一緒につくったという法律であるわけでありますし、また税制も後からくっついてきたということでやってきたものですから、これはこれで非常に使い勝手もいいということで、これと、社団、財団と、今言われているものとの、同じ扱いをするということについて、かなりNPO関係者からもいろいろな御意見が出ました。
それから、学校法人、宗教法人、社会福祉法人、これらについても、原則は同じように扱うべきじゃないか。ところが、やはりそれなりの歴史もあって、それぞれの御意見があるということで、何もやらないで、全部一切合財やるという法律を十年、二十年かけてつくるよりは、まずはこの財団、社団から風穴をあけていこうじゃないか、少なくとも官が公益を定義するというのをやめよう、これが先に行くべきだろうということだったんですね。
ですから、特別法の世界は、まだややそういうところが残っているわけでありますけれども、一方で、やはりNPOを大事にしたい、育てていきたい。そこで、我々自民党の中での議論も、やはり将来的には、この公益法人改革をやった後、NPOについてもその時点で少しまた考えようじゃないかと。それで、これに合わせるのがいいのか、それとも今のままがいいのか、それはまたNPOの皆さんとの意見交換もしながらやっていかなきゃいけない。今回のことをやることによって、学校法人、宗教法人、社会福祉法人にも同じようにやるべきだという意見が皆さんから出てくるならば、やはりそれはやろう。
ですから、もとの発想は、先生と私も多分同じで、自民党の中でもそういうことで、とりあえずということでそれを整理したというのが自民党の中の議論でありました。政府は多分それを受けてやっているんだろうと思いますが、今の先生の問題意識は、極めて重要な、シビルソサエティーを日本でどう育てていくんだということでありますので、また御一緒に考えさせていただきたいと思います。
○ 渡辺国務大臣 官と民のあり方の見直しというのは、言ってみれば永久革命みたいなものだと思うんですね。今回、先生にとっては御不満が残るかもしれませんが、我々としては、先ほど申し上げたような、立ちはだかる岩盤を少しでもこじあけたという思いはあるのでございます。
今、官房長官述べられましたように、歴史的に、各省割拠主義の中で、例えば学校法人も社会福祉法人も、会計基準が違うんですね。もうそれぞれの歴史、それから所管を背景にしております。
一方、NPOというのは、言ってみれば発展途上の担い手でございますから、これはできてどれぐらいたつでしょうかね、まだ十年たっていないんじゃないんでしょうか。しかし、数においては、今ある公益法人と同じくらいの数がもう既にできてしまっているわけでございます。中にはお行儀の悪いところもあったりして、新聞の社会面をにぎわしたりするところも残念ながらいるわけでございまして、そういう発展途上の状態は、今しばらくちょっと注意を払いながら見ていく方がいいのかなという判断があったのは確かでございます。
いずれにしましても、今回の公益法人改革の中で、主務大臣の許可権限を剥奪しちゃったということは、これはもう大変な前進でございまして、一般社団、財団というのは登記だけで設立できちゃうというのも、私は大変な前進だと思っております。
○ 市村委員 今両大臣におっしゃっていただいたことについては、私も評価している部分ではあるんです。
ただ、ちょっと一点申し上げたいのは、これは極めて重要だと思っているんですが、NPOというのは特定非営利活動法人のことを日本で言っていますけれども、僕はこれも一つ大きな問題があると思っているんですね。NPOというのは、先ほど冒頭から申し上げているように、公益法人も含む概念なんです。これはNGOでも構いません、どっちでもいいんです。そういった意味での言葉にこだわるつもりはありませんけれども、やはり、日本で特定非営利活動法人だけがNPOとなっちゃうと、後からの議論にちょっと差しさわりが私は出てくると思いますので、公益法人を含んだ概念としてNPOというのはぜひとも使っていただきたいな、こういう思いであります。
このNPOということ、私の言葉でございますので、ご存じのように、アメリカへ行ってもNPOでは通じません。ホワッツNPOと言われます。日本ほど、NPOという言葉がこれだけある種通じてしまっている国というのはないんですね、これは。だから、それだけに、非常にあいまいなものがひとり歩きしてしまっている部分があるので、より明確に使っていただくためには、公益法人も含む概念ということで、私はそういう思いでここでNPOという言葉は使っておりますので、ぜひともそれでお願いいたしたいと思います。
それで、そういった意味で、今、両大臣からおっしゃっていただいた自民党の議論についても、どこかへ行かれましたけれども前の村上大臣も、これは自民党ワールドなんだから、あとは民主党ワールド、市村ワールドをつくれよ、つくればいいんじゃないかということもここで議論した覚えもありますけれども、私は、そういう何とかワールドじゃなくて、やはりせっかくそうやって自民党でもそういう議論があったのであれば、何でそこで特定非営利活動法人とか、またいわゆる学校法人とか社会福祉法人を外したのか、ちょっと残念な気持ちで今お聞きしておったんですね。
特に、特定非営利活動法人の法制定については、私も、表へ出ていませんけれども大変絡んでいたこともありますので、あのときの議論を考えると、今回みたいにまさに準則主義的に、法人格を取りたいというところがまずあったわけです、法人格については。
ただ、私は、法人格の議論はもちろん大切だけれども、まず税制の議論といいますか、先ほど申し上げたように、まず資金、事業資金をどうするかという議論がないと、幾らNPO頑張ってくれ、法人格を取ってくれ、どうぞ取ってくださいといったって、事業できないじゃないですか、まずはファイナンスをどうするのかという議論が最初に来なくちゃいけないんじゃないですかとずっと私は議論していまして、法人格だけとなると、かえってまたおかしなことになりませんかということは申し上げていたわけです。
どういうことかというと、今の特定非営利活動法人も、実態を見ていただくと、ある種、一部プチ天下り先に化していると私は思っています。いわゆる政治家である、また自民党の諸先生方が議論されたようなことにはなっていない、実は。結局は、それは頑張っているんだからといって見ていると、実はプチ天下り先としてこの特定非営利活動法人が使われているという実態もあるわけですね。かつ、まじめに法人格を取ってやろうとした方たちは、何か法人格を取ればいいことが起こると思って取ってみたら、何も起こらないじゃないか、お金どうするんだ、こう言っているわけですね。
恐らく、皆さんがおつき合いになっていらっしゃる方というのはもう本当にごく一部の方であって、だから僕は、そのごく一部の方の御意見だけを大切にしてはいけないと。やはり、本当の実態を見ていただきたい、現場を見ていただきたいんですね。現場を見ていただければ、みんな困っているわけです。特定非営利活動法人格を取ったものの、どうすればいいんですかと、私のところにも相談に来るわけですね。どうにもこうにもなりませんと。だって、お金ないんですからね、事業資金がないんだから。
だから、せいぜい私がアドバイスしているのは、私はこれを申し上げるのは大変悔しいけれども、はっきり言って、特定非営利活動法人を支えるお金は、一般的には税金とか社会保険料しかないんだから、もう自治体に行くしかないんじゃないですかと私はアドバイスを申し上げています。つまり、そこしかないんです。すなわち、税金に頼らないで、自分たちのことは自分たちでやろう、みんなのことはみんなでやっていこうという思いでつくっていたものが、結局は、税金に頼らざるを得ないような状況になっている。税金もしくは社会保険料ですね、介護保険料に頼らざるを得ないような現状になっているということ。ここを、やはり僕は実態をしっかり見ていかなくちゃいけないと思うんですね。
すなわち、大切なことは、やはり、民の公の世界を支えるための民の資金をどうつくっていくかという、やはりここの問題に戻ってこなくちゃいけないんです。この問題に戻らないかぬのです。先ほどからも何回も申し上げているように、ハーバード大学のケネディ・スクールも、結局寄附でやっているわけですね。寄附をするためには、税制優遇があるわけです。だから、そういった仕組みをやはり日本は広範にもっと認めていくような、そういう発想にまず立たなくちゃいけないんじゃないか、こう思っております。
ところが、大変私、おもしろいと思っていますのは、今再チャレンジ支援というのでやっていらっしゃる中で、実は今度、民間企業に寄附をする仕組みをつくってあげるということを今政府はやられようとしているんですね。
これは、特に雇用ですね、例えば障害者の方の雇用、あと母子家庭のお母さん方の雇用とか、そうしたいわゆる社会的に弱者と言われている方々の雇用を促進するために、税金を使わないで民間から寄附を集めて、その集めたものを営利企業に寄附をしようというスキームなんですね。これは政府がやっていることですから。これは極めてユニーク、本当にユニークだと思います。多分、世界を探してもどこにもないです。営利企業に寄附をするという仕組みをつくるということは世界を探してもないと思いますが、それをやられようとしています。
私は、どんなことであれ、お金がそこに回る、つまり税金でないものが回っていくというスキームをつくるのはいいとは思っていますが、ただ、結局、寄附でやろうとするわけですね。つまり、こういうところに、何というか、日本の今、欠けているものというか、センスですね。つまり、そういうことをしていいのというのがあるわけですね。
営利企業に寄附をするというようなことが、しかもそれを税制優遇するということについて、こういうことがあるとすれば、やはりこれはおかしいな、もうちょっと細かくというか、もっと物事を深く考えなくちゃいけないんじゃないかなと、極めてそういうふうに思うわけであります。
決してお金が出ることをだめと言っているわけじゃないです。事業に対してお金が出ることはいいと思います。税金以外のものを何とか回していこう、その発想がまさにこの民の公へつながりますから、それはいいんです。いいけれども、どうも、そういうところには税制優遇を認めていくという、非常に部分的に開放していくという姿勢なんですね。私は、こういう姿勢じゃなくて、政府としてはことしの秋に税制改正をやるということで、多分もう与党の皆さんの中でも議論されていると思いますが、そういう抑制的な寄附税制ではなくて、もっと広範に寄附税制を認めていくというような、そうした流れをぜひともつくっていく必要があると思っていますが、両大臣からのお言葉をいただきたい。
○ 塩崎国務大臣 先ほど申し上げたように、市民社会をつくるというときの決め手は税だというふうに思います。とりあえず準則主義で今回の財団、社団もつくれるようにしようということで、もともと、いわゆる特定非営利活動法人、いわゆる日本でいうNPO、これについても準則主義でやるようになっているわけでありますが、そういうことでありまして、要は、民の公益的な活動については、民のお金が行くときにはそれを税で推進をしよう、バックアップをしてあげましょう、これが基本だろうと思うんですね。
ですから、認定NPO制度で寄附についての税制をなるべくやりやすいようにということで、私もNGO小委員長としては本当に随分苦労してやってきて、まだ私も、個人的な思いとしては、全く、これはもっとやれることがあるな、こう思っているわけであります。いろいろな議論があるので、そう一朝一夕にはいかないわけでありますけれども。
これからも財政も厳しき中にあって、それから、民の活動を中心でいく国の形というものを考えてみると、やはり今申し上げたように、民民の活動を税でサポートしていく、そういう税制をどんどんやっていくことが、実は市民社会をつくって民間の世界が元気になる、一方で、官が余計なことをやらない中でいけるという、税金の節約にもむしろなるのかなということを考えてみれば、この部分での税制のあり方というのはもっともっと考えていかなければいけないと私も思っているところであります。
○ 渡辺国務大臣 いわゆる官尊民卑のカルチャーを残そうと思えば、とにかく税を使ってたくさん集めてそれを配分するという仕組みがいいのかもしれませんが、我々は、当たり前の自由社会を目指すわけでありますから、やはり簡素で効率的な政府を目指していこう、そのためには民間が公を担う場面をもっとふやしていこうという発想は同じでございます。
NPOが活動するには実際資金がなければうまくいかない、これもよくわかっております。ですから、今回は、先ほど申し上げましたようにNPOは発展途上の段階にありますので、残念ながら手はついておりません。しかし、公益法人改革の方では、公益認定、これを主務大臣から取り上げちゃうわけでありますから、これは大きな前進であると考えております。
また、再チャレンジ税制は、これは今の過渡期の中にあっての苦肉の策だと御理解をいただければありがたいと思うんですね。とにかく、高齢者の定年引き上げ、積極的に雇用する企業とか、障害者を積極的に雇用する企業とか、母子家庭の母を積極的に雇用する企業とか、そういうところには地域再生計画を絡めて税制の優遇措置をやっていこうじゃないかという、今の制度でできる苦肉の策をやってみようということでございます。
○ 市村委員 まさに苦肉の策だとは思いますが、ただ、やはり将来に禍根を残さないように、営利企業に寄附をするということは、これはどうも問題があるだろう、かなり問題があると思いますので、そこはやはり将来に禍根を残さないように、寄附という言葉を使わなくて、もっといろいろ考えたらあると思います。営利企業に寄附という、これはやはり、だから世界にもどこにもないようなユニークな話になってしまいますので、それでもやるというのであれば、それはそれでいいですけれども、ただ、将来何かあったときに前例主義になって、ほら、日本という国は営利企業にだって寄附するんだよ、どんどん寄附しましょう、こういうことでいいのかどうかというのは、ちょっとまた考えなくちゃいけないと思います。
それで、官房長官が記者会見でいらっしゃらないので、渡辺大臣と議論を進めたいと思いますが、いよいよここで公益認定なんです。本当はこれ、官房長官と議論をしなくちゃいけないことだと思うんですけれども。
先ほどから申し上げているように、今回の行政改革の中で公益法人改革をやることについて、それが本当に今両大臣からおっしゃっていただいたような観点のみでやるのであれば別に私はいいと思いますが、ただ、将来に向けたいわゆるシビルソサエティーをつくろうとか規制緩和をやっていこう、つまり官尊民卑の社会をどうかしていこうという観点でやる場合において、本当にこの今回の公益認定委員会という制度がいいのかどうかということは疑問を持っています。先ほども申し上げましたけれども、やはり公益認定というものを軽々に考えちゃいけないと私は思っております。
これはそうじゃないということもきのうお伺いしたんですが、恐らくこのひな形としては、例えばイギリスのチャリティーコミッションを一つの参考にされている可能性があるんですね。しかし、このチャリティーコミッションと今回の公益認定委員会は明らかに違う組織であります。
チャリティーコミッションは、日本で例えて言うならば会計検査院とか公取のような存在なんです、イギリスにおいては。まさに、今回は内閣府に置きますけれども、それとはもう全然独立したものとしてなければならないわけですね。ところが、今回は内閣府の委員会という形になっている。
あと、チャリティーコミッションというのは、まさに三百年以上の歴史にわたって、いろいろなことを経験則的に積み上げてきた組織なんですね。つまり、これは公益なのか、これは公益として認めていいのかどうかですね。やはり税制優遇を与えていくわけですから、税制優遇を与えるということは、それだけの公のものでないといけないわけですね。税をまけるということでありますから。それを営々と議論して積み上げてきている組織なんです。そういうものとして今存在するわけですね。特に、イギリスの場合はいわゆる王室社会ですから、王室との絡みもこれはあるんです、やはり。
だから、そういったものと、この今回の場合、公益認定委員会はおのずと違うということでもありますし、だから私は、あくまでも公益法人を整理するため、公益法人についてそれを改善していくための委員会というならば、これはそれでいいんだろうなと思うけれども、公益認定をする、こうなってくると、まさに、公益とは何ぞやとか、将来どういう社会をつくるのかとかというような、もっと根本となる前提の議論がないと、私は、公益認定というのを一省庁の、一省庁といっても内閣府ですから統括省庁だとは思いますが、内閣府の一委員会として存在ならしめることが本当にいいのかどうか。
これもやはり将来に禍根を残しちゃいけないという思いでありますが、渡辺大臣はどうお考えになりますか。
○ 渡辺国務大臣 公益認定の方でございますが、公益とは何ぞやということについて、今までは、御案内のように、各省ごとの裁量でこれを決めていたわけでございます。しかし、今回は法の中で明確な定義を置いております。二条四号「不特定かつ多数の者の利益の増進に寄与する」、これでは明確ではないではないかという御指摘もあるかもしれませんが、確かに、こういった不特定かつ多数の者の利益増進というのは森羅万象、多岐にわたるのがこの世の常でございます。
したがって、せんだって国会の同意人事でお認めをいただきました七人の委員の有識者に加えまして、さらに六分野数十名の有識者にお集まりをいただいて、やはりもうちょっと具体的なガイドラインは決めていく必要があるかなとは思います。
いずれにいたしましても、イギリスのチャリティーコミッション、まあ日本版チャリティーコミッションというわけではございませんけれども、それをモデルにしたというよりは参考にして、日本に合った公益認定の体制を図ってまいりたいと考えております。
○ 市村委員 ですから、きょう両大臣とも議論をさせていただいて、思いの方向は別にそう違っているとは思っていないんです。ただ、これをやるときに、やはりしっかり考えておくべきことを考えておかないといけないと私は思っているんですね。
だから、あるものをひな形にしたり参考にするということでやるのはいいんですけれども、では、例えばチャリティーコミッションがなぜそこにあるのかとか、アメリカであれば、なぜIRSに税制優遇の判断を任せているのかとか、それはそれなりのいろいろな積み重ねがあって、そこに至っているわけですね。どうもそうした議論がないまま、また、そういったことが、国会の審議をして、そして賛成、反対をしていく国会議員の中で共有されていないままに物事が進んでいることに、私は大きな問題を一つ感じるんですね。
とにかく、これは極めて将来の日本にとって重要なことだということは、これは渡辺大臣も、恐らく塩崎官房長官もわかっていただいている。特に塩崎さんは、自民党の中でそれをやってこられたとおっしゃっているわけですから。ですから、やはりそうしたことについてもう少し深い議論をしておかないと、はい、公益認定を七人の委員会の委員に任せますよということで進んでいいものではないと私は思っておるんです。
それで私は、同意人事については、人がどうのこうのという以前の問題があると思いましたので、きのうはちょっと棄権させていただきました。判断がつきません。いいか悪いかという判断する前の問題がありますから。
だから、そうしたもっと根本的なことを、やはり僕は、政府部内でも、特に渡辺大臣におかれては公の規制緩和という観点から、ぜひとももっと議論を深めていただきたいなと。そして、この公益認定委員会というものが本当に今の段階で、こうした議論がまだ深まっていない段階で公益認定なるものを名乗るような委員会を本当に設けていいかどうか、このことはぜひとも僕はもう少し思いを持っていただきたい、こういう思いであるんです。
それで、実は、きのうの総理に対するいろいろな質疑の中で僕が大変おもしろいと思ったのは、我が党の池田議員がいわゆる認定特定非営利活動法人についての質問をさせていただいたときに、結局、国税庁が税の優遇をまとめてやっているんですね。それに対して、それはいいのかという観点から質問した中で、池田さんも、だから第三者機関をつくるべきじゃないかということなので、当然そのとき政府としては、いや今回の公益認定等委員会がありますとおっしゃるのかと私思ったら、何と総理は、「また、認定NPO法人」、私はこの認定NPO法人という言葉は使ってほしくなかったんですが、認定特定非営利活動法人の認定は、「国税の優遇措置について全国一律の基準で認定するものであることから、諸外国における実態等を踏まえ、国税庁長官が認定する制度としております。認定に当たっては、客観、明確な数値基準によるものとしており、国税庁が認定権限を持っていることに無理があるとの御指摘は当たらない」と。
すなわち、国税庁がやるということについては、税制認定をするということについては、政府もこれはいいというふうに思っていらっしゃるということを改めて認識しまして、なかなかこれはいいなと。私も、同意見を持っていますから。国税庁でいいんじゃないかという意見を持っているものですから。
だから、そういった意味では、本当にイギリスのチャリティーコミッションのようなしっかりとした知恵が詰まった組織を独立委員会として、つまり公取や会計検査院と同じような組織として日本が持つんだ、こういう意識でつくられているなら私はいいんですけれども、今回のような、申しわけないけれども中途半端な組織をつくってしまったことは、僕は将来に禍根を残すと思っているんです。
ならば、まだ税制にかかわる議論をことしされるなら、国税庁でいいというふうに、政府もそうだと言い切っていらっしゃるわけですから、国税庁に税制優遇については認定を任せる。アメリカでいえばIRS、すなわち、国税庁と日本でいう社会保険庁を合体したような組織ですけれども、歳入についてはすべてそこが賄う。そうしたIRSに専門スタッフを数百人と置いて頑張っているんですね、やっているわけです。だから、そういう仕組みの方がいいんじゃないかと私は思っておるんですけれども、渡辺大臣、御見解をお聞かせいただけますでしょうか。
○ 渡辺国務大臣 御案内のように、税の優遇措置の制度設計はこれからでございます。恐らく、ことしの秋以降、寄附税制の抜本見直し等々の課題も含めて、そういった税優遇の公益認定の世界における制度設計も行われるものと承知いたしております。
○ 市村委員 その設計をされるときに、政府も国税庁でいいんだという、総理大臣がそういう御発言をされているわけでありますから、ぜひとも、特に税が大切なんです。本当は税の議論を一番最初にやらなくちゃいけないんですけれども、もう逆転しちゃっているんですね。
それで、これも大臣にぜひともわかっていただきたいのは、まさに官の皆さんの思いがあるということをぜひともわかっていただいて、まさにこれこそ大臣がおっしゃる、立ちはだかる岩盤は依然として強固なものがある、私はそういう思いで大臣の御発言を聞かせていただいておりましたので、これについて、官は官の方で皆さんうまいことをおっしゃいますから、ぜひともそれに負けないで、立ちはだかる岩盤に立ち向かっていただきたい。私はこのことを強くお願いしまして、また、与党の議論もそうした思いの中で、ぜひとも税制優遇については広範に認めていくという立場からこの税制改正議論を進めていただきたいな、これしかないと私は思っております。
きょうはこの件についてはここで終わりたいと思いますが、ぜひともこのことを最後にまた強くお願いしまして、一言いただきまして、これについては終わりたいと思います。
○ 渡辺国務大臣 委員の御見識をきょう初めて私もお伺いをしたわけでございますが、私が事前のブリーフで聞いていたよりは非常に親しみを感じたのでございます。話し合っても全くギャップが埋まらないという人ではないな、こういう感じを受けた次第でございまして、これから御指摘のような公益認定、大変な作業が始まります。適切な御提言をいただくと同時に、応援の方もどうぞよろしくお願いいたします。
○ 市村委員 そこの公益認定については、ちょっとまだ議論が必要だと思います。
最後に、これは答弁を求めませんが、例えば、毎週三十件をいろいろと検査していく、それで結論を出していくというペースでやらなくちゃいけないということはブリーフィングで受けているわけですけれども、私は、前職、国会に送っていただく前は何をやっていたかといいますと、NPOに対する支援をする基金の運営をやっておりました。これで年間三十件ぐらい、本当に真剣にやると。どこにどういうお金を出していくかというのは、これは大変なことなんです。単にお金をぽんぽん上げればいい、出せばいいというわけじゃないです。
やはり本当に有効な事業なのかどうかというのをまず見定めながら、現地、現場に足を運んで、皆さんとも何回も議論を重ねた上で、皆さんに、じゃ、このお金を有効に役立ててくださいということで、それも数十万単位ですよ、多くても数百万単位のお金なんですけれども。それでも一つの助成案件を審議し、決めていくのにどれだけの時間がかかるかなんですね。
それを三十件も、特にこれだけ歴史がある公益法人を毎週三十件見るなんて、僕は物理的に絶対に不可能だと思っておりまして、これについては私も一応一案あるわけでございますけれども、それはまた改めてこの委員会の場を通して議論させていただきたいと思います。きょうはその指摘だけにとどめさせていただきまして、これについての議論は終わりたいと思います。どうも本当にありがとうございます。
では、溝手国家公安委員長、お待たせしました。
あと残りの十五分につきましては、まさにここの場でも何度も申し上げさせていただいておりますが、ひき逃げ、飲酒ひき逃げ等を含めました、いわゆる自動車運転事故の厳罰化についてちょっと議論を進めさせていただきたい、このように思っています。
それで、今回、まだ閣議決定はされていないと思います。ですから、まだ閣議決定される前に私はこれは議論をさせていただきたいと思って、きょうあえてお時間をとっていただいた次第でありますけれども、今政府が一つの案として持っているものによりますと、今までは最高七年六カ月であったものを、端的に申し上げると十五年まで引き上げられるような制度をお考えだということで伺っています。
私は、今回の政府の取り組みについては、一部高く評価しているところもあるわけであります。と申しますのも、これまでは、とにかく事故を起こして、酔っていても、逃げても、結局七年六カ月というのが最高ということだったんですね。それを今回は、逃げたら十五年ですから、酔っていても酔っていなくても、逃げたら十五年ということに今回変わっているんですね。すなわち、逃げなかったらば最高十年六カ月もしくは十年なんですが、逃げると十五年ということで、そういった意味では、今回の法改正では、逃げると損だということにはなっています。
これまでは、逃げなくたって、酒に酔っぱらって事故を起こしたら七年六カ月でしたし、酒を飲んでいなくてもとにかく事故を起こして逃げたら七年六カ月でありましたが、逃げなくても七年六カ月だったんですね。逃げる、逃げないは関係なかったんです。
ところが今回は、逃げると罪が重くなる。それについては、確かに、逃げることに対する抑止効果、いわゆる救護義務違反についての、それを怠ることについての一定の抑止効果はあると私は見ています。
ただ、その話と、私がまだ国会に来させていただく前、二〇〇一年でしたでしょうか、まさに国会の先輩方が御議論されてつくられた危険運転致死傷罪、これが最高刑、いわゆる危険運転してかつ逃げちゃうと、最高二十五年なんですね。
恐らく、このときにも、こんな量刑、ここだけ重くしていいのかという議論は多分あったんだと思います。あったけれども、やはり社会の、国民の意識、国民の思いというのを踏まえて、国権の最高機関たる国会は、量刑のバランスとかいうことよりもまず国民が今求めているもの、やはり国民感情に沿ったものということで危険運転致死傷罪をつくられたんだと、そのとき、私はいませんでしたけれども、恐らくそういう議論があってできたんだろうなと私は思います。
つまり、この思い、やはり国会が国権の最高機関、全国民の代表である国会議員がそろって決めたこの危険運転致死傷罪は、危険運転をして逃げたら二十五年だという、ここまで重い、極めて重い量刑を科してもいいということをしているわけですね。
この二十五年と今回の十五年の間には十年の開きがまだ残っているんですね。これについてどう考えるかということについて、やはりもう一度、閣議決定をされる前に私は国家公安委員長及び局長に御意見を賜りたいという思いで、きょう質問させていただきます。いかがでしょうか。
○ 溝手国務大臣 お答え申し上げます。
前回、十二月の休会中の議論であったと思いますが、逃げ得の問題が生じないように、その当時はだれの責任だということがあったわけです。やっと我々、国会の御判断を仰ごうというステップになったわけでございますが、お互いに理解をし合って、ひき逃げ犯に対するいい結果が出ることを期待いたしております。
御承知のように、警察庁において検討をしておりますが、現在の法定刑の上限を五年から十年にするということを検討しているわけでございます。我々、現在までの検討の中では、かなりひき逃げを抑止する効果があるものと考えているところでございます。
特に、後から極めて専門的な意見もまた出るかと思いますが、先生のせっかくの議論でございますので私の見解を申し上げたいのですが、業務上過失犯というのが最近は非常に多岐にわたっております。いわゆる従来からあった古い考え方の業務上過失致死に加えて、医療の問題にも出てきておりますし、交通事故の問題にもぶち当たって、これを何とかしなくちゃいけないという動きが出ておるわけですね。
これは、ある意味では非常に革命的なことであるし、今回の、業務上過失という一つの範疇の中から道路交通、いわゆる自動車運転に関する問題をピックアップして先行してやろうということになったのは、今ここで皆さんと議論してきたことが非常に大きく影響しているし、先生が今まで頑張ってこられたことが大変効果としてあらわれているんじゃないかと思います。
あと、さらにどうしようかということになるといろいろな議論があろうかと思いますが、我々としては、庁内では精いっぱい、この辺ではなかろうかなというところで取りまとめていきたいという考え方を持っているところでございます。
○ 矢代政府参考人 お答えいたします。
御指摘の点について、これは御理解いただきたいと思うのですが、事故とひき逃げとは行為として一応別のものでございます。つまり、事故は業務上過失致死傷罪ないしは危険運転致死傷罪ということになります。それで、通称ひき逃げと言っておりますが、これは正確には救護義務違反で、その後に救護の義務を果たさないということでございまして、それぞれの責任を問う対象は別なのでございます。
そこで、御指摘の危険運転致死傷罪とひき逃げの後の捜査の結果でございますが、処断刑について差があるではないかということについての格差ですが、御指摘の点について一つの角度から、仮に、ひき逃げの原因となった交通事故を後で検挙いたしまして、その中に危険運転致死傷罪に該当する場合が潜在する可能性があるので、ひき逃げの法定刑も危険運転致死傷罪が成立した場合と同等にすべきであるというような趣旨であるとしますと、これは法制上、そのようなのは困難であると思います。といいますのは、行為者の責任、行為に対して責任を問うわけでございますので、したがって危険運転致死傷罪があったかないかわからないままに同等の刑を考えるというのは、これはそのような法定刑を定めるのは困難であると思います。
それからもう一つ、委員の御指摘を伺いながら、では、ひき逃げをした行為を考えたときに、ひき逃げをした人が、危険運転致死傷罪を免れようということで逃げたということが仮にあるといたしまして、そういったものを防ぐために救護義務違反、つまりひき逃げの刑を重くすべきである、そういう御指摘であるとしますと、危険運転致死傷罪といわゆるひき逃げとの法定刑に差があるためにひき逃げを誘発するかどうか、これはちょっとまた別の議論でございますので、もしそうであればまた御説明したいと思うんです。
それはともかくといたしまして、今申し上げましたように、個々の犯罪の法定刑はその行為のそれぞれの悪質性に即して判断すべきものでございますので、他の犯罪の隠ぺいを防止するために他の方の法定刑を加重するということも、これも通常はなかなか考えにくいことでございまして、したがいまして、私ども、今回御提案しようとして今検討しておりますけれども、ひき逃げに対する悪質性は何か、それに対してどこまで処断刑を引き上げることができるのか、ほかの刑とのバランスを考えながら検討しておるわけでございます。
○ 市村委員 よくわからないところもありまして、ただ、さっきおっしゃっていただいた中で、とにかくもし危険運転致死傷罪に自分がかかると思っている人間がいて、その人が事故を起こして、これはまずいぞ、酒を飲んでしまって運転した、ぱっと気づいたら事故を起こしちゃった、さあどうするか、どうも自分は危険運転致死傷罪になるのかもしれないと思った人がいた場合、逃げたら十五年なんですけれども、とにかく危険運転致死傷罪、まず酒を飲んでいるというのは結構大きなポイントになってくると思いますから、やはり酒に酔って事故を起こして、どうもこれは危険運転致死傷罪になられたら嫌だなと思ったら、多分逃げる余地を残しちゃうんですね、今のままだと。二十五年より十五年の方がまだましですから。二十五年になっちゃう可能性があるわけですね、特に相手が死んでしまった場合は。だから、まだここで逃げ得の余地が残っているのではないかということを御指摘申し上げているところなんです。
だから、警察庁も今回、五年から十年に道路交通法を改正されて、ひき逃げをした場合は十五年になるということにしたことについては、先ほど申し上げたように、逃げたら十五年、逃げなかったら最高十年六カ月ですから、これについては、この比較においては逃げ得はないんですけれども、自分が危険運転致死傷罪を適用される可能性があるな、特に危険運転致死罪を適用される可能性があると踏んだときに、逃げると、やはり逃げた方が十年下がるぞ、十五年よりは二十五年の方がまだ嫌だなといった場合に、まだ逃げ得を心に持たせてさらに逃げるという、それでもやはり逃げるという余地を残してはいないかということをある意味申し上げています。それに対してきちっと考えておかないと、やはり依然として逃げ得という余地があるんじゃないかということを私は申し上げているんですね。
それともう一点、ついでに一緒に教えていただきますが、川口で幼稚園の児童の列に車が突っ込んで四人の幼い命が失われたという事件がありました。あれも結局、今の法律でいくと五年なんですね。つまり、酒に酔っていない、別に逃げたわけでもない、そしてスピード違反も、あそこは六十キロだといって、そうかと思うけれども、六十キロ規制だったので六十キロ台ぐらいで走っていたということでこれも問えないということで、最高五年ということで、今、業務上過失致死傷罪ということで五年だということです。
これ自体もやはり、私も小さい子供を持つ親の身とすれば、これはたまらないなと。窃盗犯ですら十年ですよ。窃盗ですら最高十年まであって、後は司法が決めることなんですね。一カ月から十年までの間で司法が決めることであって、今の状況だと、我々立法府が五年まででいいというふうにしてしまっているわけですから、結局五年なんですね。
私は、司法にこれは任せる意味でも、今回、自動車運転致死傷罪が七年、過失致死傷罪が七年ということになっているようでありますけれども、これが七年というのも、四人もの命が失われているにもかかわらず七年でいいのかというのは、やはりあると思います。だから、こうしたことも含めてこの自動車運転過失致死傷罪を、例えばこれが十五年になると、ある意味で言えばそれで逃げた場合は、合併罪というんですか併合罪というんですか、二十年を超えるような刑期を与えることができるような状況になるということもあります。
ですから、そういったことで、やはり自動車運転過失致死傷罪をもっと量刑を重くするとか、例えばひき逃げを十年をもうちょっと重くするとかすれば、ある意味では今のいわゆる危険運転致死傷罪の量刑の範囲に近づいていくような話になるということでありますので、ぜひともこうしたことでもう一段の検討を僕は警察庁及び法務省で加えていただきたい、こういう思いであります。
きょうは法務省からも局長さんがいらっしゃっていますので、まず大臣からお話しいただいて、後、両局長から明確にお答えをいただけたらと思います。
○ 溝手国務大臣 御指摘の御意見は理解をいたしたところでございますが、今回の改正で、道路交通法の面ではこれが精いっぱいのところではないかという感じを持って対応しているところでございます。
○ 三浦政府参考人 一つは逃げ得の問題の御指摘がございましたが、もとより、ひき逃げをした方が得をするということがあってはならないということは当然のことでありますが、一点申し上げておきたいのは、事故を起こした後、逃げた場合に常にそれが軽くなるというわけではありませんで、その場合でも危険運転致死傷の罪を適用するということは当然あるわけでございまして、現実にそのような形で処理をされた事例も多いということを御承知いただければというふうに思います。
それから法改正の点でございますが、現在、法制審議会におきまして、自動車運転による過失致死傷事犯についての罰則のあり方について御審議いただいております。先生の御意見のような御指摘、御意見もその法制審議会の中で被害者、遺族の方々から意見としてちょうだいしているところもございまして、そういった御意見を踏まえつつ、また、刑法の中の故意犯、過失犯の法定刑のあり方等、さまざまな観点から御審議をしていただいているというところでございます。
○ 矢代政府参考人 今の御説明と重なった御説明になりますが、一点目の、昨年、危険運転致死傷罪で警察では三百七十九件検挙しております。そのうちの百十二件はひき逃げでございます。これをアルコールの影響、飲酒の危険運転致死傷罪だけに限りますと百五十九件検挙しておりますけれども、そのうちの四十二件は実はひき逃げでございます。
したがいまして、事故の捜査をやりましてその事実を立証するというのが原則でございまして、そこで、ひき逃げの際どこまで判断して逃げるかということでございますけれども、通常、やはりとっさの場合の判断で、まずいということで逃げるわけでございまして、自分の量刑はどうなるかということではないのが通常だろうと思います。現実に、飲酒によりますひき逃げ事故というのは、罰則強化の後、このところ累年減少しておるわけでございます。
○ 市村委員 もちろん、逃げたら捕まる、逃げても捕まるケースがあると思います。そのことをおっしゃっているんだと思います。だからといって、では逃げないかというと、やはり逃げるんですね。リスクは冒すんです。だから、一〇〇%捕まらないならみんな逃げると思います。逃げても捕まる。だけれども、逃げたらひょっとしたら得になることがあるかもしれないと思うから逃げるんです。
いろいろ報道もされていて、特に酒を飲んで酔っぱらって運転する可能性が高い人ほど、どうも真剣にこの議論を見てテレビもチェックしているようなんですね。どうもそういうことらしいです、いろいろお聞きしますと。ですから、極めてここで話されていることというのは、なるほど、やはりそれでいいんだ、そういうことかというふうにして、まだ逃げたら得だなというような意識が幾らかでもそういう人たちに芽生えているとすれば、大変大きな問題だと私は思います。
だから、逃げても捕まるよということはあるんでしょうけれども、しかし、逃げたら得することもあるよということが残っていることが逃げ得の意味でありますので、やはり逃げても得するようなことがないように制度をしっかりとつくっていくということが必要だと思います。ですから、法制審議会でも今議論されているんであれば、やはりこの間の川口のケースも考えて、自分の子供が巻き込まれた、自分の親族が巻き込まれた、友人が巻き込まれたという観点から考えれば、人の心があれば当然どうすべきかというのはわかるわけです。
最後に申し上げますが、危険運転致死傷罪が出てきたとき、私はここにいませんでしたけれども、国会の諸先輩方はそういう議論を経た上で量刑を重くしたということ、国会の意思はそこで示されているということだと私は思いますので、そのことをきちっと踏まえた上でやはり行政府の方では対応していただくことが必要だろうと思います。そのことを最後に申し上げて、私の質問を終わります。
ありがとうございました。
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